開戦の日を前にー平和への祈りを歌にーオリジナルソング3曲目で11月に初シングルリリース

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これまでも父や母から聞いてきた戦争の話を過去のブログの中で語り継ぐ気持ちで書いてきて、これを歌にする様子もまたブログに掲載してきた経緯でしたがー
2年前の夏、父が息子の小学生時代の友だちに淡々と語った14歳当時の戦争の話。聞いた少年も当時同じ14歳。実に半日かけて色々な話を聞いた彼が夏休みが終わる2週間後には作文にして、その年の校内課題賞で金賞獲得?
父が学徒動員下で経験してきた話は、叔父伯母を原爆で失った母の話とともに、息子が大きくなった時に読んでもらえるようにと思って15年前にも育児日記がわりのブログに残してきています。当時は父の体験と酷似する話を戦中・戦後当時の写真とともに掲載されていたサイトがあって、それにブログリンクしていました。昨年8月に昔のブログを開いてみたら既にリンク切れ。今はウェブ上では関連するキーワードで検索しても、当時の動員先での父の話以上のものを残念ながら見つけられません。
時代を受け継ぐ者の使命感もあって、父が語った話から14歳の少年が感じとった気持ちを詩にして曲をつけてみました。
これがオリジナルソングでは3曲目。お世話になっているライブハウスのご支援のお蔭で11月に各サブスク配信されました。
いずれも歌詞がつかないため、タイトルと歌❝詩❞をここに掲載します。歌はともあれ、詩はようやく次世代にバトンをつなげる形にはできたかなと思います。
「木琴」(ある世代にはピンとくる人もいるかな、国語の教科書に掲載されていた詩、合唱曲)のように合唱曲で歌い継いでもらえたらを目標にイメージした作詩。硬い単語が並び、歌にするのにJPOP調にまでもっていけるほどのスキルはなく歌声も稚拙なので実はお蔵入りに?と差し控えていたのですが・・・明日の開戦日が近づくにつれて電話口での父との語らい、新聞紙面、昨晩のラウンジのお客様との語らいー等、8月に次いで❝戦争❞がガツンと胸を突く瞬間があり、あらためて公表させていただくことにしました(__)

ついでながら、この忌み嫌う日が自分の誕生日でもあります。ジョンレノンの命日にもなってしまい、末広がりの日なのに毎年なんともいえない気持ちになりますが、父がまさにサバイバルで生き抜いてきてくれた奇跡!さらなるいくつもの奇跡が重なって地上に生まれてこれた有難さを思うと感慨深く、生を受けたことを心底ありがとう❣と言いたいです。人生はそれほど悪くはないものだなと思えるようになったのは50代に入ってからやっとですが(笑)
父に、Hくんに、息子に、Hくんママに、ライブバーGranCertoの皆様に、ご指導下さったNozomi先生に、ここに心から感謝申し上げます。
『14の夏ループ』

何から話そう
二つ前の戦争から
この国のかじ取りは
闇雲にはしり

開戦してから
中学でわら人形に
銃を向けたりそして
行進したり

中二にあがって
朝4時起きで向かう
陸軍火工廠で
信管火薬つくる日々

火薬庫にいる時も
往復の通勤の時も
死と隣り合わせに
強烈なひもじさだよ

上官の命令は絶対
爆発事故で跡形も
無くなった人も目にした

いつも街中(まちなか)で
たくさんの人が倒れてるのを
見ていたから
あまりショックもないなんて

同じ14才の
今の僕らには
想像を絶する時代だけど
ここにつながるボクら

何より怖かった
P-51とグラマン戦闘機
超低空飛行の機銃掃射から
命拾い

戦争に勝つためなら
いろんなことに耐えられた

そんな気持ちにさせる教育って怖い
現代(いま)もそう

気づけたこと
それが平和への一歩